平成三十一年東京都登録
特別保存刀剣鑑定書
山頂に天照大神の弟月読命を祀る神社を戴く月山(注①)は、現代でも修験者が足を運ぶ霊山である。平安末期に奥州から来た鬼王丸が「月山」と称して作刀したといい、山麓の寒河江(さがえ)郷谷地(やち 注②)には、鎌倉、南北朝、室町時代に俊吉、近則、正信、寛安などの「月山」を冠する刀工があり、鬼王丸以来の伝統を固守し、大きくうねる肌に杢目肌を組み合わせた独特の綾杉鍛えの作を手掛けた。修験の道を伝って遠く薩摩波平にも影響を与えた月山綾杉肌は、見るものを魅了する不思議な力を秘めている。 この平造脇差は文明頃の月山兼安(かねやす)の作で、身幅広く重ね厚く、反りを控えながらも先反りがわずかに付き、棟寄りに掻かれた棒樋で姿が引き締まる。綾杉鍛えの地鉄は常よりも入念で、小粒の地沸で肌が潤い、地景太く、光に透かすと肌に沿って流れる地沸が輝き、綾杉肌が鮮烈に起ち現れる。肌目に影響して揺れるような直刃調の刃文は、刃縁の沸の光が強く、綾杉鍛えに感応して刃境に湯走り、打ちのけ、喰い違いごころの刃を交え、刃中にも綾杉の刃肌が現われ、変化は小模様ながら多彩で興趣に溢れる。帽子は焼を充分に残して沸付き、僅かに乱れ込んで焼詰め風となって浅く返る。茎には細鑚で「月山兼安作」と神妙に切銘されている。作例稀な平造は修験者の需による作であろうか。伝説の古鍛冶鬼王丸に直結する鍛法で打たれた月山の優品である。