銀座名刀ギャラリー 館蔵品鑑賞ガイド[253]

折敷三文字紋総金具藻草文白檀塗鞘大小半太刀拵

"Mogusa" designed shiro byakudan nuri saya,
DaiSho Han-dachi koshirae
 with "Oshiki San monji" family crests fittings

江戸時代初期


拵全長 三尺三寸
鞘長 二尺四寸八分
柄長 七寸八分
刃長 約二尺三寸
反り 約三分六厘
茎長 約七寸一分
元幅 約一寸


拵全長 二尺五寸八分
鞘長 一尺九寸五分
柄長 五寸九分
刃長 約一尺五寸八分
反り 約二分五厘
茎長 約四寸五分
元幅 約一寸

Early Edo period (early 17th century)

Long (Daito)
 Whole length : 100cm
 Scabbard length : Approx. 75.1cm
 Hilt length : Approx. 23.6cm
 Hacho (Edge length) : Approx. 69.7cm
 Sori (Curvature) : Approx. 1.09cm
 Nakago length : Approx. 21.5cm
 Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.03cm

Short (Wakizashi)
 Whole length : 78.3cm
 Scabbard length : Approx. 59.1cm
 Hilt length : Approx. 17.9cm
 Hacho (Edge length) : Approx. 47.9cm
 Sori (Curvature) : Approx. 0.76cm
 Nakago length : Approx.13.6cm
 Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.03cm

 戦国時代、生死を分ける戦闘の中で結果を導き出すため、武具には規範を超えて工夫改良が加えられた。また、 動乱の時代を生き残った武将は、 江戸時代初期においても自己存在証明であるかのように他者を圧する個性を求め戦の中で刀は腕の延長であった。 太刀にせよ打刀にせよ、柄に手をかけてすぐさま攻撃が可能な 武器こそ身体の一部。太刀拵は、足金物によって腰に吊り下げて用いる構造であるため、激しく動く際には安定しないという不都合があり、次第に腰帯に差し込んで堅く固定させる用法の、安定感に富んだ打刀が尊ばれるようになったと思われる。 室町時代末の戦国動乱期は、武具においても大きく揺れ動いた時代であった。そのため、同じ刀身が、時には太刀として佩かれ、時には打刀とされて腰帯に装着されたのである。これにより、太刀拵の足金物が簡略化されたもの、太刀式の金具を用いて栗形を設けた拵、栗形を設けない打刀拵などが製作され、また、打刀拵を太刀として、あるいは太刀拵を打刀として具足の腰に備えるための、腰当と呼ばれる装具なども考案されている。
  家紋金具で装われた掲載の大小拵は、栗形を設け、しかも太刀式に刃を下にして腰帯に備えた極めて特殊な造り込み(注)。猿手付の頭や柏葉金物付の 責金物など太刀様式の金具とされ、江戸時代後期に流行した半太刀拵とは全く性格を異にしている。揃金具はいずれも赤銅魚子地に家紋を高彫金色絵で表わし、金小縁で華やかさを高めた造り込み。縁頭や筒金仕立ての栗形、柏葉金物と刃方を保護する鍬形式の鐺に責金物を複数装着し、堅牢さを 高めている。金具は縁頭、目貫、口金、栗形、柏葉金物、鍬形鐺、脇差のみ小柄と割笄が揃い物。 鐔は江戸後期に補われたもので、銘が「江府住正則下地以南蛮鐵明珍記宗介鍛之」とある、鉄地に鍛え肌を渦巻状に表わし、金覆輪を掛けた木瓜形 で、古式の太刀鐔に通じる美観がある。
 揃金具に高彫されている家紋は、伊予国一宮大山祇神社でも用いている折敷に三文字紋。大山祇神社の場合は、三文字が波状に意匠されているが、本作と同趣の家紋は伊予国の豪族越智氏、その同族河野氏、久留島氏、稲葉氏、一柳氏などが用いている。
 鞘は、黒漆塗の下地に金箔を施した上に濃淡変化を付けて透漆を塗り重ねた白檀塗の、桃山風に奇抜を求めた変り塗とも呼ばれる意匠。 南北朝期の婆娑羅に通じ、桃山頃の寄風や傾きを先鋭化させた印象がある。
 栗形を設けた太刀拵であると説明したが、もう一つ特筆すべき常にない構造がある。それが折金 の装着されている部位。平常、折金は栗形のやや後ろにあるが、この大小拵では刃方、即ち鞘の稜 線上に設けられている。抜刀の際に鞘を上側に捻ることによって折金の効用を高めるもの。刃を下にする太刀拵の抜刀に適した折金の位置と考えられよう。しかも小さく設えられており、拵の抜き 差しにおいては障りないよう工夫されている。鞘に巻き付ける筒金仕立てとされている点も強固さを高めた実戦具の意図が鮮明である。
 また興味深いことに、割笄の耳掻き部分に小さな穴が設けられている。戦場での脱落紛失を防ぐための工夫であろうか。柄は、黒漆塗鮫に紺糸を盛り上がるように巻き締めており、いかにも握り易さが追求されている。目釘穴は、大小共に控え 目釘穴が設けられており、ここでも実戦に備えた造り込みであることが理解できる。
 このような拵の様式が、戦国動乱の時代を生きた如何なる武人によって創案されたものであろうか、興味は否応にも拡大する。

注...毛利輝元佩用陣刀と伝える、厳島神社蔵の竜文朱漆塗鞘半太刀拵、 第十六回特重指定、因州池田家伝来の朱変塗鞘半太刀拵など、遺例は極めて少ない。