(高彫色絵とした作例4)
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清新可憐な白梅の美しさが印象的な東竜斎派の金工壽山製作の鐔をご紹介します。壽山は田中清壽に学び、厚手の金色絵や真砂象嵌、点象嵌あるいは布目象嵌等を効果的に用いた小粋な作品を得意として幕末の江戸に活躍した優工です。今回は特に布目象嵌を自在に操るその技量の高さに注目してみたいと思います。 〔造り込み自体がデザインの一部を構成〕 〔ぼかしの効果を布目象嵌で表現〕 拡大写真1 白梅の花弁を観察すると、花びらの先端部分が特に入念に布目象嵌されていることがわかります。幾重にも布目象嵌が重なりあった部分は、遠目に見れば銀の本象嵌あるいは厚い銀色絵のようにも見えます。しかし、花弁の中央部分に目を移せば、縦横斜めに走る無数の布目象嵌の跡が確認できます。また、花びらの中央は僅かに地面を彫り下げて、布目象嵌の密度を「疎」とし、象嵌を掘り込む深さも表面を撫でる程度に浅く行っているように見えます。このため、本作の白梅は淡い粉雪のような銀のグラデーション(暈し)に包まれた可憐な姿を見せてくれています。 〔画題の主役〕 拡大写真2 この金の雄蕊の細長い線一本一本全てが金布目象嵌で表現されていることが判ります。拡大写真では細工の精密度が伝わらないので、敢えて実際の寸法を上記写真中に示してみました。僅か「1mm」のサイズにこれだけの線状の布目象嵌をほぼ等間隔に行っています。雄蕊の先端部分の魚子(ななこ)と共に白梅の中央部分に金を豪華に施すことで、可憐にすぎる白梅が一躍画題の主役としての存在感を持って我々の目に飛び込んでくるのです。
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華麗な花鳥図を好んで製作した代表的金工一門に石黒派があります。本作は石黒政美の子にして、石黒是常に学んだ是美(これよし)製作の大小縁頭です。是美は金鶏鳥を特に好み、本作以外にも錦鶏鳥を主題とした大小鍔の傑作が知られています(第一回重要刀装具)(注1)。 〔石黒の一般的作風〕 〔金工作品製作上の制約条件〕 〔梅花の配置、幹の湾曲、苔の位置〕 拡大写真1
(梅花・小枝・樹皮の苔の配置に注目) 〔幹の張り出しの視覚的な効果〕 〔近視眼的に見ても石黒の魅力は判らない〕 拡大写真3 〔石黒是美のマジック〕 拡大写真2ー2 〔是美と明祥がめざした理想の相違〕 本作はご成約となりました (注1)第一回重要刀装具として「信家の弓矢八幡図」、「利壽の亀乗寿老図」、「安親の雲龍図二所」と並び「石黒是美の花鳥図大小鍔」が指定を受けている。 |
(高彫色絵とした作例2)
梅ヶ枝図小柄 銘 賀茂明祥(花押)
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賀茂明祥(1833〜1895)は天保四年に京の賀茂神社の社家たる井上家に生まれ、明治十年には賀茂神社の主典(注1)に任ぜられました。師匠は荒木東明。佐藤義照とは兄弟弟子にあたります。金工技術はあくまでも余技として身に付けたものと伝えられておりますが、その技量が示す通り、また宮中御用の菊御紋太刀拵の製作を拝命していることからも、当時より優れた金工として認知されていたと思われます。 (注1):主典(さかん)と読む。令制の四等官の総称。国では「守」「介」「掾」「目」の「目(さかん)」の文字を当てる。国や省、寮など役所によってそれぞれ異なる文字を用いた。 〔明祥独特の梅花〕 拡大写真1 〔立体的な梅花〕 拡大写真2 〔明祥独特の花弁表現〕 拡大写真3 この毛彫が光の反射を吸収して梅の花弁の内側と外側に微妙な光のコントラストを生みだしています。この工夫が花弁の輪郭は「くっきり」、反対に、内は「ふんわり」とした独特の梅花の表情を生み出しているのでしょう。
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梅花1 |
梅花2 |
梅花3 |
赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)に「梅」と「竹」(歳寒二雅)を高彫色絵にて描いた作品です。梅花がそれぞれ異なる表情を見せています。 〔梅花の三態とその鏨〕 (極小の突起) 裸眼ではゴミにしか見えませんが、拡大してみて少々驚きました。また、この突起の周囲に丸い溝があるのがお判りになるでしょうか(画像参照)。これは先端に小さな穴の開いている鏨で上から叩き込んだ痕跡と思われます。先に小さな穴が有るのでこの部分だけが突起状に残ったものでしょう。 (雄蕊の鏨) (丸鏨と遠近感) (上代後藤家作中に多く見る三角鏨) 〔梅花の彫法の独創性・希少性〕 (古金工とされる四つの条件) 〔古金工を分類できる可能性〕 〔梅花の類例〕 鎌倉時代の逆耳笄の遺例として世に名高い品です(銀座長州屋所蔵品)。梅の花弁には丸鏨ではなく半円形の鏨を打ち込んでいます。雄蕊には丸鏨(魚子)を蒔き、雌蕊の中心からは放射状に延びる線刻を施すなど表題の笄と共通した特徴が認められます。花弁の枚数は上下に重なってはいますが、十枚確認できます。この梅の形状は曽我五郎所用腰刀(箱根神社蔵 重要文化財:鎌倉初期)にある梅花図の目貫及びその小柄に非常に良く似ております。逆耳笄については後日改めてご紹介いたします。 ・乗真(三代)の作と極められた笄(『古笄』より転載)と古金工の梅花 また、乗真(左)の梅の中心部分には極小の突起も見て取れます。中央の凹みがほぼ垂直に深く穿たれ、且つ そこに斯様な程小さな突起を施した例は極端に少なく、両者の間に何らかの技術的関連あるいは交流があるのではないかという印象を強く持ちます。 |
梅の花蕊(かずい:雄蕊・雌蕊の総称)の表現方法には特に一門一流の特徴が表れ、大きな見所となっております。 本作は雄蕊が金の平象嵌に片切鏨で直線的な鋭い線で描かれております。 同様の手法は後藤一乗やその門下の一琴等にも見られるものです。 また、手前の松の樹木の表現に強弱が付けてあります。 右上に伸びる松の幹の上辺部(梅の直下)と松の幹の下辺部とを比べると 幹の上部が非常に強い鏨使いで表現されています。 視線が梅に集まることを計算してのものでしょう。上手なものです。 紅白の梅の花が可憐な姿を見せて、 お互いの美しさを競い合っているようでもあり、 楽しくおしゃべりしているようにも見えますね。 松が上下に廻り込み 梅を守っているように見えるのも面白いですね。 本作はご成約となりました 作品解説はこちら |
梅樹に二輪の花と数個の蕾、それに竹と筍が地透かしされています。 |