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刀装具の植物

刀装具の植物

(技法篇)
Plants of sword fittings

 梅はバラ科に属する落葉高木樹で 「風待草」、「好文木」、 「香雪」、「春告草」、など多くの別名を持っています。原産地は中国ながら、古来より我が国の様々な文学作品や史書などに登場し、『万葉集』では在来の植物「萩」の140首についで「梅」が多く愛誦され、その数は119首にも上っています。また、『大鏡』にある「鶯宿梅」(おうしゅくばい)の故事に代表されるように梅に纏わる伝承・伝説も数多く、刀装具の画題としても様々な形で取り上げられています。前述した「鶯宿梅」は鶯が梅に止まっている図として描かれることが多く、この他にも後に紹介します「梅 松」を描いた「歳寒二友」、梅の幹を横たわる龍の肢体に見立てた「臥龍梅」や吉祥文である「松竹梅」(「歳寒三友」)、謡曲「鉢の木」を題材にした「梅 松 桜 雪輪(鉈)」、同じく謡曲の「菅原」を暗喩した「梅 松 桜」の図など多岐にわたります。

刀装具に描かれる梅には多種多様に取り上げられる画題としての面白さと古くより刀装具の意匠として製作され続けていることから彫金技法の変遷を辿るという楽しさがあります。

ここではまず製作の手法に焦点を当ててご紹介いたします。

[表現手法]: 刀装具に描かれる梅には大まかに分類して後述のような技法があります。

(金工作品に多い手法)
作例

:鉄地や色金地に高彫ま、高彫色絵、象嵌などの手法を用いて描かれる作

:甲鋤彫、あるいは片切彫を用いた作
:甲鋤彫、あるいは片切彫に平象嵌を併用した作
(鐔工の作品に多い手法)
 
: 「陰透かし」(注1としたもの
(図柄そのものを透かす方法で「文様透かし」とも称する)
 
:「陽透かし」(注2に毛彫などを施したもの
(背景を透かして文様を表すことから「地透かし」とも称する)
 
:「地透かし」と「文様透かし」を併用した作品
(文様の輪郭だけを残す透かし方法)
(注1)「透かす」とは「物と物との間に空間を設けること」、または「隙間をつくること」である。 「陰透かし(かげすかし)」の「陰」の意味が不明確で判然としないように思います。おそらく、「陰」とは「負(マイナス)」、つまり図柄が空間であるという意味なのでしょう。図柄自体を透かすことから「文様透かし」と同義。
(注2)「陽透かし」の「陽」とは「正(プラス)」、つまり図柄が空間ではなく、実態として存在するという意味でしょうか。「図柄を残し、背景を透かす」ということで「地透かし」の意味。
「陽透かし」というのは「透かす」の意味を考えると日本語としてかなり違和感を覚えます。つまり「陽」には透かすことができないのです。「陽」に透かし残すのであれば意味が通ると思いますが、「地透かし」の方が簡明と思います。)

(高彫色絵とした作5) 
四季図鐔 銘 市柳舎勝光

 四季折々の植物を松葉菱の四隅に意匠した小粋な鐔をご紹介します。勝光は江戸時代後期の江戸で活躍した鐔工ですが、師伝については詳らかでありません。しかし、しゃれた作風に鑑みれば東竜斎派の影響が顕著にて同一門に連なる鐔工であろうと推定されます。

〔多様な植物と布目象嵌〕

作品に描かれている植物は梅、桜、牡丹、紅葉、銀杏の葉、松ぼっくり、松葉など実に様々な四季の植物達を色々な角度から丁寧に彫り表しています。そして、この正確な描写の上に東竜斎派が得意とする濃密な布目象嵌を施しています。

〔銀の布目象嵌の効果〕

布目象嵌の手法で最も注目されるのは 銀の布目象嵌です。下の図1をご覧ください。銀杏の葉と紅葉の上にそれぞれ銀の布目象嵌が施されているのがお判りとおもいます。 写真で見ますと金と銀の布目の色がはっきりと区別できるのですが、実際に現品を手に取りますと銀の布目象嵌には周りの金布目の金色が映り込んで淡い金色を帯びているように見えます。遠目に見ると濃淡二色の金布目象嵌を用いたように見えます。私自身も拡大写真を見るまでは銀部分が金の布目象嵌であると粗見しておりました。もし勝光が意図的にこの銀布目象嵌の映り込みを用いたとすれば、驚きです。


(図1)

〔暈しの効果〕
次に注目したいのは葉先や花弁の先端に厚く布目象嵌を施し、逆に内部には布目象嵌を疎に用いて布目象嵌に「暈し(ぼかし)の効果」をもたせている点です(図2)。


(図2) 

この暈しの技法は過去に紹介した東竜斎派の渡辺壽山作のそれと共通したものです。また、植物の葉の上に大小の金銀露象嵌を用いる点や梅の表現(図3)にも壽山と同様の特徴が看取されます。さらに、小柄 笄 櫃に施された鉛埋めを見比べますと表面の化粧鑢が非常に良く似ていることに気が付きます。このような特徴から市柳舎勝光は東竜斎派の影響を強く受けていることは明らかで、おそらく東竜斎派に学んだ工であろうと思います。


(図3)

〔銀覆輪の効果〕
金布目象嵌を豪華に多用しながら、作位に気品があるのは耳に施された銀の縄目覆輪の色彩効果でしょう。布目の金色を引き締めるのに大いに役立っています。

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(甲鋤彫、あるいは片切彫に平象嵌を併用した作2)
月下梅竹図縁頭 金印銘 壱琴

縁頭 金印銘 一琴

 金色に輝く三日月を遠景に得意の梅樹と竹を彫り上げた船田一琴製作による縁頭をご紹介します。 船田一琴義長(初代)は庄内出身の金工で幼名を庄治、実父の船田寛乗とは幼くして死別し、その後、実母と婿入縁組した熊谷義信(船田義信)に金工の基礎を学びました。文政十五年には江戸に出て義信の師である熊谷信之に師事しましたが、僅か二年で信之は他界、最終的に後藤一乗に学んで大成し、金工としての名声を不動のものとしました。 また、一琴には橋本一至に学んだ長男(幼名勇太郎)がおり、初代没後に二代一琴を襲名しています。その作風は初二代共に一乗風を踏襲したもので、赤銅魚子地に高彫色絵、あるいは鉄地や朧銀地に甲鋤彫を施し、これに平象嵌を用いるなどデザイン性に富んだ作品を遺しています。殊に梅の彫法においては、師匠で、後藤家の掉尾を飾る巨匠後藤一乗をして舌を巻くほどの腕前であったと伝えられています。今回はこの一琴の梅樹を主題とした作品をご紹介します。

〔甲鋤彫と甲鋤鏨〕
 最初に、一琴が好んで用いた甲鋤彫(こうすきぼり)とこれに使用する甲鋤鏨について説明します。梅樹図ではこの甲鋤彫(鏨)が重要な役割を果たしております。甲鋤鏨は毛彫鏨の一種ですが、通常の毛彫鏨と異なるのは彫りの底面が「V」のようにならず、「U」のように底が丸味を帯びる点です(図1)。このため甲鋤鏨の別名を「丸毛彫鏨」と呼びます。また、甲鋤彫とよく間違われる彫法に片切彫があります。甲鋤彫か片切彫かの判別は、使用する鏨の形状の相違を頭に入れておけば簡単に見分けることができます。片切鏨は平らに打ち伸ばした刃先に焼刃をつけただけの極めて単純な形状をしています。したがって、彫の底面が甲鋤鏨の丸味ある形状とはならず、小刀で切り取ったような鋭い切口となるのが特徴です。


(図1) 甲鋤鏨の形状

〔抑揚と軽妙な彫法〕
 一琴の甲鋤彫の最大の特徴は「抑揚を効かせた彫口」と鏨の勢いを殺さずに一気に彫り上げる「軽妙な彫法」です。この2つの特徴が最もよく表現されているが梅の幹の彫り方です。

〔一琴の甲鋤彫の特徴〕
 梅樹の幹を見ますと、即興的とも思われる素早い鐫使いで梅樹が表現されています。しかし、この彫法は軽妙な彫口からは想像できないある隠された意図を秘めています。梅樹の太い幹を見ますと幹の部分だけに陰影が生じているのが看取されます。朧銀自体の色は同じであるのになぜ陰影が生じるのでしょうか?この疑問の裏に一琴の甲鋤彫が到達した独自の彫法の秘密が隠されています。

〔陰影の正体〕
 それでは、幹部分を拡大してみましょう(図2)。ご覧のように湾曲した甲鋤彫の底に細かい段差が無数に施されているのがわかります。写真では通常よりも明るい照明を上方より強く当てていますので、濃淡の差がさほど無いように見えますが、実際にはこの段差部分の色は相当濃く、ゴツゴツとした立体感を伴っています。また、この段差は幹部分にしか施されていないことから、一琴が意図的にこの部分にのみこの鑚を入れたことは明らかです(参考までに佐藤義照の小柄の彫法と比較してみてください)。

甲鋤彫拡大
(図2 甲鋤彫部分拡大)

〔考えるよりも先に手が動くほどの修練〕
 一琴のすばらしさはこの甲鋤彫による光の陰影を梅の幹の表情として意図的に彫り込んだ独創性と甲鋤鏨を自在に操り、鏨の勢いを活かして、生命感溢れる梅樹をのびのびと表現している点です。これほどの鏨使いを会得するには考えるよりも先に手が動くほど、繰り返し繰り返し修練を重ねたに違いありません。

〔受け月と願掛け〕
 一方、画題についても興味深いものがあります。本作の遠景には杯(さかずき)のような月が梅の背後に金象嵌されています。この形状の月は初春に見られるもので、「春三日月」あるいは「受け月」と呼ばれるそうです。(秋の月は杯を立てたような形になります)。また、「受け月」の名称からも判るようにこの月はお酒を零さずに受けられる杯状をしています。このことから、願いを受ける縁起の良い月として願掛けの対象としても親しまれたと伝えます。明るい未来を予感させるほのぼのとした風情は 早春の宵に梅を愛でながら杯を傾け、慎ましやかな願いをこの月にかけた一琴自身の日常を描いたものでしょう。

(注)一琴には初代義長・二代義守の二代が知られ、両者共に梅樹を得意としています。ここでは単に一琴として解説しています。

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(高彫色絵とした作例4)
松竹梅図鐔 銘 壽山 慶應元皐月
壽山鐔 銘 壽山

 清新可憐な白梅の美しさが印象的な東竜斎派の金工壽山製作の鐔をご紹介します。壽山は田中清壽に学び、厚手の金色絵や真砂象嵌、点象嵌あるいは布目象嵌等を効果的に用いた小粋な作品を得意として幕末の江戸に活躍した優工です。今回は特に布目象嵌を自在に操るその技量の高さに注目してみたいと思います。

〔造り込み自体がデザインの一部を構成〕
 意匠である樹木をそのまま鐔の耳(外周)として活かす手法は東竜斎派が好んで用いたもので、本作でも表に梅樹を裏には松樹を配して、伸びた枝先をそのまま鐔の耳(外周)として活かした造り込みとしています。そして、地面には鬱蒼と茂る笹の葉が高彫象嵌、布目象嵌、真鍮平象嵌真、毛彫り、甲鋤彫りの手法で描かれています。松竹梅図の目出度い図柄もさることながら、純白で穢れのない白梅の美しさが特に印象的な作品です。

〔ぼかしの効果を布目象嵌で表現〕
 梅花の表現方法を見てみましょう。特に感心するのは白梅に用いられた布目象嵌です(拡大写真1)。

拡大写真1
(先端程厚い布目象嵌が施されている)

白梅の花弁を観察すると、花びらの先端部分が特に入念に布目象嵌されていることがわかります。幾重にも布目象嵌が重なりあった部分は、遠目に見れば銀の本象嵌あるいは厚い銀色絵のようにも見えます。しかし、花弁の中央部分に目を移せば、縦横斜めに走る無数の布目象嵌の跡が確認できます。また、花びらの中央は僅かに地面を彫り下げて、布目象嵌の密度を「疎」とし、象嵌を掘り込む深さも表面を撫でる程度に浅く行っているように見えます。このため、本作の白梅は淡い粉雪のような銀のグラデーション(暈し)に包まれた可憐な姿を見せてくれています。

〔画題の主役〕
 
さらに、壽山の非凡さを感じさせる点がもう一つあります。花蕊部分の拡大写真をご覧ください(拡大写真2)。

拡大写真2
花蕊

この金の雄蕊の細長い線一本一本全てが金布目象嵌で表現されていることが判ります。拡大写真では細工の精密度が伝わらないので、敢えて実際の寸法を上記写真中に示してみました。僅か「1mm」のサイズにこれだけの線状の布目象嵌をほぼ等間隔に行っています。雄蕊の先端部分の魚子(ななこ)と共に白梅の中央部分に金を豪華に施すことで、可憐にすぎる白梅が一躍画題の主役としての存在感を持って我々の目に飛び込んでくるのです。


壽山
本作はご成約となりました

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(高彫色絵とした作例 3)

春秋花鳥図大小縁頭 大小銘 石黒是美作

 華麗な花鳥図を好んで製作した代表的金工一門に石黒派があります。本作は石黒政美の子にして、石黒是常に学んだ是美(これよし)製作の大小縁頭です。是美は金鶏鳥を特に好み、本作以外にも錦鶏鳥を主題とした大小鍔の傑作が知られています(第一回重要刀装具)(注1

〔石黒の一般的作風〕
 
一般的な石黒派の魅力は言うまでもなく錦の織物を見るような華やかで格調高い作風にあると思います。分けても、「黒(赤銅)」と「金」の色使いには目を見張るものがあり、本作中にもその特徴が色濃く反映されています。

〔金工作品製作上の制約条件〕
金工作品に使用される最も基本的な色金には金(金色)、銀(銀色)、朧銀(灰色)、赤銅(黒)、素銅(赤)の五色があります(この他に平田派の七宝や間の砂張などがある)。濃淡などの微妙な色合いの変化を考慮に入れても、作品中に判別できる色の数は十色に届かないというのが現実でしょう。これは絵画や錦絵のように多種多様な色彩を駆使して華やかさを表現することがほとんど不可能であるということを意味します。この制約は刀装金工芸術全般にみられるもので、石黒派の作品も例外ではありません。この決定的とも言える色彩の制約の中で独自の技法を駆使し、他の芸術に負けない華麗な作品を遺したのが他ならぬ石黒派の金工達であると思います。

〔梅花の配置、幹の湾曲、苔の位置〕
この点を念頭に、
縁の梅樹を見てみましょう。使用されている色の数は僅かに二色、金と黒(赤銅)だけです。この二色を効果的に使用して豪華な作風を実現しています。最初に目に止まるのは湾曲した力強い幹、そして左に大きく伸びる枝とその枝の先々には可憐な梅花が描かれています。
目線を少し離してこの梅樹を眺めますと赤銅魚子地に金色が最も映えるように一定の間隔とリズムを設けて金色(梅花・小枝・苔)が配されているのがわかります。

拡大写真1
(梅花・小枝・樹皮の苔の配置に注目)
 

〔幹の張り出しの視覚的な効果〕
また、梅の幹は不自然なほど左半面が張り出しています。これは幹の艷やかな赤銅磨地と金色の対比を一層際立たせるための工夫であると思います。梅樹の張り出し部分がなければ本作の印象は全く別のものになると思います。是美の大胆な図案構成が殊に印象的な作品です。

〔近視眼的に見ても石黒の魅力は判らない〕
さらに、本作を注意深く観察して眺めますとこの梅樹を鑑賞する際には全体を一つの作品として鑑賞する必要があるということに気付かされます。梅花一輪一輪を近視眼的に見てもその魅力は全く理解できないのです。拡大写真3は単に梅花を拡大したものです。梅花に限定して言えば、是美の梅の彫法は他の金工のものに比べて平均的な梅花のように思われます(一方、鶉や雁、金鶏鳥は非常に精密な彫りとなっています)。

拡大写真3
(彫法としては一般的なもの)

〔石黒是美のマジック〕
しかし、一旦目線を離して、この梅樹を再度見てみますと(拡大写真2−2)、その煌びやかな作風に引き込まれてしまいます。まるでマジックを見ているようです。このように是美の華麗な作風は金と赤銅の絶妙な配色とそれを活かすための卓越したデザイン力を渕源としているように感じます。技術、彫法はもちろん、この意匠する力と配色の鋭い感覚は製作者の天才に負うところが大きく、ここに是美の実力の一端が示されているのです。

拡大写真2ー2

〔是美と明祥がめざした理想の相違〕
以上のように、石黒是美が目指したのは梅花の精密な描写ではなく人間の目に映る梅樹の美しさを金と黒の対比で表現したと言えると思います。一方、前回ご紹介した井上明祥は梅の花を匂いたつような精密な鏨で表そうと試みたと考えられます。作品の対比と共に両者の芸術観の違いが大変興味深く感じられるのです。

本作はご成約となりました

(注1)第一回重要刀装具として「信家の弓矢八幡図」、「利壽の亀乗寿老図」、「安親の雲龍図二所」と並び「石黒是美の花鳥図大小鍔」が指定を受けている。

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(高彫色絵とした作例2)
 梅ヶ枝図小柄 銘 賀茂明祥(花押)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 賀茂明祥(1833〜1895)は天保四年に京の賀茂神社の社家たる井上家に生まれ、明治十年には賀茂神社の主典(注1)に任ぜられました。師匠は荒木東明。佐藤義照とは兄弟弟子にあたります。金工技術はあくまでも余技として身に付けたものと伝えられておりますが、その技量が示す通り、また宮中御用の菊御紋太刀拵の製作を拝命していることからも、当時より優れた金工として認知されていたと思われます。

(注1):主典(さかん)と読む。令制の四等官の総称。国では「守」「介」「掾」「目」の「目(さかん)」の文字を当てる。国や省、寮など役所によってそれぞれ異なる文字を用いた。

〔明祥独特の梅花〕
 梅花の形状とその独特の彫法に個性が表れています。平象嵌と高彫という違いはありますが、兄弟弟子の佐藤義照の梅花と比較するとその特徴がよりはっきりわかると思います。特に花弁がやや尖っているところに注目してください。これは梅花の立体感を出すために花びらを裏側から絞り込んだ結果と思います(下図:拡大写真1)。平面的な表現になる梅花が多い中、これほど肉感豊かに表現された梅は稀と思います。

拡大写真1
(先端が尖って見えます)

〔立体的な梅花〕
また雌蕊(めしべ)は雄蕊(おしべ)の更に奥底に、それこそ赤銅地を彫り込んでいるかと思われるほど深い位置に愛らしく彫り表されています。下の拡大写真2では彫りの深度がなかなかお伝えできないのが残念です。雄蕊の形状も立体的です。雌蕊の根元からラッパ状の円錐が立ち上がって上に伸びています。その頂上にはプックリ丸い雄蕊の先端が整然と並んでいます(拡大写真2)。雌蕊を中心に盛り上がった花蕊(かずい)部分は、僅か数ミリで、この狭い範囲にかほどの立体彫刻を彫り上げた手腕には感嘆するほかありません。

拡大写真2

〔明祥独特の花弁表現〕
さらに、 花弁の内側には裸眼での確認が難しいほど繊細で密な毛彫が重層状に彫り込まれています(拡大写真3)。

拡大写真3
(細かい毛彫が丁寧に彫られている)

この毛彫が光の反射を吸収して梅の花弁の内側と外側に微妙な光のコントラストを生みだしています。この工夫が花弁の輪郭は「くっきり」、反対に、内は「ふんわり」とした独特の梅花の表情を生み出しているのでしょう。

〔小柄の裏面には朧月が瞬く〕
一方、裏面はあっさりと朧月のみを配しています。詩情と余韻を残して、いかにも雅な妙技といえましょう。明祥の作品中には、本作のように彼の独創が凝らされものが多くあります。作中にその工夫を発見するのも刀装具鑑賞の大きな楽しみであります。皆様も腕前が評価を上回る隠れた名工と言いわれる明祥の作品を見かけたら是非手にとってじっくりとその技を確認してみてください。



本作は売約済となりました。

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(高彫色絵とした作例1)
歳寒二雅図笄 無銘 古金工


梅花1
梅花2
梅花3

 赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)に「梅」と「竹」(歳寒二雅)を高彫色絵にて描いた作品です。梅花がそれぞれ異なる表情を見せています。

〔梅花の三態とその鏨〕

(丸鏨)

「梅花1」と「梅花2」の花びらの中央には丸鏨で力強い打ち込みがなされいます(画像参照)。ぽってりとした蝋梅といった趣ですね。

(極小の突起)
花蕊(かずい)部分の彫り方にもそれぞれ見所と特徴があります。 まず、「梅花1」ですが、中央には雌蕊(めしべ)に当たる部分にちょっと肉眼では識別できないほどの小さな突起(0.5mm程)が恥ずかしそうに覗いています(画像参照)。

裸眼ではゴミにしか見えませんが、拡大してみて少々驚きました。また、この突起の周囲に丸い溝があるのがお判りになるでしょうか(画像参照)。これは先端に小さな穴の開いている鏨で上から叩き込んだ痕跡と思われます。先に小さな穴が有るのでこの部分だけが突起状に残ったものでしょう。

(雄蕊の鏨)
雌蕊の周囲の雄蕊(おしべ)にも注意して見ると面白い発見があります。雄蕊は中心から外側に放射状に伸びて先端は丸鏨(魚子鏨のようにも見えます)で終わっております。この放射状の足の入り方を見ると線が右巻に伸びるものと左巻に外に広がるものとの二様があるのがわかります(画像参照)。以前、横谷宗aの獅子の斑紋が同じような手法で彫られていたのを記憶しております(獅子牡丹図二所物:重要美術品)。誰も注意を払わないような部分に別々の鏨使いがなされていますので、これは何か製作上このようにしなければならない理由があったものか、または無意識の「手癖」かとも考えられます。「なんだそんなことか。」と思われるかもしれませんが、このような手癖の有無が真偽を判断する際に重要な決め手となることがあるとのことです(当社社長談)ので、細部まで油断なく確認する癖をつけておくのが何よりも重要と思います。

(丸鏨と遠近感)
「梅花2」も基本的には「梅花1」と同じ手法で製作されていますが、手前の三枚の花弁には丸い鏨を用い、奥の二枚にはやや平たい鏨を打ち込んで遠近感を上手く表現しています(画像参照)。

(上代後藤家作中に多く見る三角鏨)
また、「梅花3」の蕾の萼(がく)部分には三角鏨が使用されています(画像参照)。この種の鏨は代の上がる後藤家に特に多く見られるものです(上代後藤作品以外では江戸時代中期・後期の町彫作品等にも少ないながら同種の鏨を見ます)。

〔梅花の彫法の独創性・希少性〕
上述のように梅花の彫法について詳細に見て参りましたが、本作と同じ形状を持つ梅花は他に例がなく、当社所蔵品中はもちろん、月刊誌『銀座情報』の過去掲載作品中(1987年〜2012年)や他の主だった刀装具書籍中にも同例を発見することができませんでした。この点からも、本品の梅花の作域が極めて独創的であることがわかります。

(古金工とされる四つの条件)
ここで、少し脇道には入りますが、本作が古金工とされた理由についてまとめたいと思います。古金工という極めが付される場合にはおおよそ下記のような条件があります。
@同種の彫法・技法を用いた確実な在銘作がない。
A作者を確定し得る有力な付随資料等(折紙や製作の記録)がない。
B慣例的な分類方法がない。
(鎌倉・鏡師・太刀師等は作柄から導かれた慣例的な分類方法の例です)
C製作年代が少なくとも桃山時代(現実には江戸時代初期を内包)を遡ると認められる。

このような条件を満たしている場合は「古金工」という極めが付される可能性が高くなります。本作に限らず、いかに優れた作位を示していても鑑定上の区別は「古金工」という広範なものとなることに一抹の不条理を感じるのは私だけではないでしょう。しかし、遺憾ながら作家意識が未だ乏しく、無銘作品の多い所謂古金工作品では、このような極めも止む負えない面があると思います。

〔古金工を分類できる可能性〕
一方、花弁の丸鏨や花蕊などに部分的ながら本作と共通した特徴を持つ他の多くの作品があります(後述の例をご参照ください)。また、詳しく触れてはいませんが、「梅の幹の彫法」や「笹の葉」、「露象嵌」の手法にも特筆すべき点が多くあり、これらを総合して判断すれば、同じ古金工でもある程度の系統や分類を明らかにすることは可能であると信じます。 例えば、「古金工(後藤風)」、あるいは「古金工(古美濃風)」あるいは「古金工(太刀師風)」や「古金工(古正阿弥風)」というような鑑定表記の方法を今後は真剣に検討すべきではないでしょうか。

〔梅花の類例〕
尚、参考ですが、当該笄と部分的ではありますが共通した特徴を持つ例をご紹介します。
・梅花図逆耳笄 無銘 古金工(重要刀装具) 鎌倉時代

鎌倉時代の逆耳笄の遺例として世に名高い品です(銀座長州屋所蔵品)。梅の花弁には丸鏨ではなく半円形の鏨を打ち込んでいます。雄蕊には丸鏨(魚子)を蒔き、雌蕊の中心からは放射状に延びる線刻を施すなど表題の笄と共通した特徴が認められます。花弁の枚数は上下に重なってはいますが、十枚確認できます。この梅の形状は曽我五郎所用腰刀(箱根神社蔵 重要文化財:鎌倉初期)にある梅花図の目貫及びその小柄に非常に良く似ております。逆耳笄については後日改めてご紹介いたします。

・乗真(三代)の作と極められた笄(『古笄』より転載)と古金工の梅花

うっとり色絵の美しい作品(左)。
乗真作とされる梅(左)には半円形の鏨が花弁の平部分に打ち込まれています。また、ここに三本の毛彫を入れています。 後藤家の梅花図にはこの毛彫が入っているものが多くあります。左右の梅を比較しますと花弁の形状、やや構図などに共通した点が認められます。

また、乗真(左)の梅の中心部分には極小の突起も見て取れます。中央の凹みがほぼ垂直に深く穿たれ、且つ そこに斯様な程小さな突起を施した例は極端に少なく、両者の間に何らかの技術的関連あるいは交流があるのではないかという印象を強く持ちます。

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(甲鋤彫、片切彫に平象嵌を併用した作例)
歳寒二友図小柄 銘 佐藤義照鐫之

歳寒二友図小柄 銘 佐藤義照鐫之

梅の花蕊(かずい:雄蕊・雌蕊の総称)の表現方法には特に一門一流の特徴が表れ、大きな見所となっております。

本作は雄蕊が金の平象嵌に片切鏨で直線的な鋭い線で描かれております。
同様の手法は後藤一乗やその門下の一琴等にも見られるものです。

また、手前の松の樹木の表現に強弱が付けてあります。
右上に伸びる松の幹の上辺部(梅の直下)と松の幹の下辺部とを比べると
幹の上部が非常に強い鏨使いで表現されています。

視線が梅に集まることを計算してのものでしょう。上手なものです。

紅白の梅の花が可憐な姿を見せて、
お互いの美しさを競い合っているようでもあり、
楽しくおしゃべりしているようにも見えますね。

松が上下に廻り込み
梅を守っているように見えるのも面白いですね。

本作はご成約となりました
作品解説はこちら

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(「地透かし」と「文様透かし」を併用した作例)
(文様の輪郭だけを残す透かし方法)

竹に梅二雅透図 無銘 甲冑師(江戸初期)

梅樹に二輪の花と数個の蕾、それに竹と筍が地透かしされています。
注目したいのは梅の花の彫法。地透かしと文様透かしを併用しています。

下方の花は輪郭と花蕊部分が透かし残され、
繊細にして難度の高い表現方法が採られています。

梅樹は曲がりくねって力強く地面に根を張っています。
太い筍を梅樹の根元に配することで、鐔面に安定感がもたらされ, 構図がいかにも明るく、早春の穏やかな雰囲気を感じさせてくれます。

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企画 株式会社 銀座長州屋
文案 今津

Copy right Ginza Choshuya