黒石目地塗鞘打刀拵入
拵全長三尺五寸一厘
柄長八寸三分八厘
柄・鐔を装着して880グラム
平成6年新潟県登録
法久刀匠は池田洋といい、昭和七年三月九日生まれ。昭和二十九年に笠間一貫斎繁継門の山上昭久刀匠に入門し、昭和三十四年十二月十二日に作刀承認を取得して長岡市に独立。華麗な備前伝の作を手掛けている。
この刀は、師昭久刀匠の苅羽市の鍛冶場での作。身幅を広く仕立てながらも、深い棒樋を掻いて重量を八八〇グラム(柄鐔付)に調整しているため、極めて操作性に優れている。事実、居合の高段者により長らくの愛用された一振で、棟区上付近には納刀時に手が触れた跡が遺され、長年の修練の程を物語っている。無類に詰んだ小板目鍛えの地鉄に焼かれた逆がかった互の目丁子の刃文は、房状の刃、小丁子、小互の目を交え、越後の雪の如き、真っ白な小沸が付いて刃縁が明るく、所々に玉焼を交え、匂足が長く柔らかく入り、細かな金線、砂流しが長く掛かる。帽子は一枚風となり僅かに返る。 鏃図の銀地目貫、同図銀石目地縁頭と鐺、鏃透図の銀石目地木瓜形鐔が付された、尚武の気風を感じさせる黒石目地塗鞘の拵に収められている。長年の修練の結果、鞘当たり、ヒケ、小錆が随所にある(注)が、地刃の美しさは堪能でき、居合の稽古に最適の一振りである。