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三つのお約束

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脇差
水心子正秀
    横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日

 


Wakizashi
signature.

Suishinshi MASAHIDE

    Yokosuka no shin Fujiwara no Mitsuhide
Kansei Gan-nen 2 gatsubi


武蔵国 寛政元年 二百三十一年前 正秀四十歳


刃長 一尺七寸八分五厘
反り 四分
元幅 一寸六厘/先幅 七分六厘
重ね 二分一厘
金着二重ハバキ 白鞘入


昭和二十六年福島県登録(331号 5月14日)

特別保存刀剣鑑定書

価格 百三十五万円(消費税込)


*     *     *     *

Suishinshi MASAHIDE (1750-1825)
Musashi province / Kansei 1 (AD1789, late Edo period), 231years ago

Hacho (Edge length) 54.1p / Sori (Curvature) approx.1.2
p
Motohaba (Width at Ha-machi) approx. 3.23
p / Saki-haba (Width at Kissaki) approx. 2.33p
Kasane (Thickenss) approx. 0.65
p
Gold foil double Habaki, Shirasaya

Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

Price 1,350,000JPY


  中塚三秀(みつひで)は新々刀の父と謳われる水心子正秀の門人で、名を蜂三(注@)という。遠州横須賀藩の西尾隠岐守忠善(注A)に仕え、文化元年に主命で國安と改銘している。鎌田魚妙は『新刀辨疑』に寛政元年八月日紀の脇差(注B)を載せ「地鐵細に水心子か作のごとくあり。錵有て大龜文を好み、正秀に不劣上手なり」と記して高く評価している。
 師弟合作のこの脇差は、身幅広く重ね厚く、鎬筋の線が美しく立ち、中鋒の量感のある姿。地鉄は小板目肌が密に詰んで冴え、初霜のように明るく粒立った地沸が厚く付き、刀身上半から物打ち付近に激しい湯走りが掛かる。刃文は短い焼出しから始まる濤瀾風の大互の目乱刃で、二つ連れた互の目、角がかった刃、腰開きごころの刃を交えて高低広狭に変化し、帽子は焼深く良く沸付き、突き上げごころの小丸に、長めに返る。沸の変化が最大の魅力である焼刃は、真砂のような沸が厚く付いて刃縁明るく、細かな沸の粒子が充満して明るい刃中には太い沸足が入る。ごく淡い棟焼を長く施し、防御の要としている。茎の仕立ては丁寧で、化粧鑢の施された筋違鑢が入念に掛けられ、銘字は太鑚で力強く刻され、裏には表銘の二字程上から流麗華麗な草書体で年紀が刻され、師に酷似した鑚遣いで三秀も謹直に切銘している。師と共に鎚を振るって津田越前守助廣の濤瀾写を自家薬籠の物とした遠州三秀の記念碑的な一振となっている。

 

注@…三秀は正秀墓石に、魁首の孫北司正次と大慶直胤に次ぐ補助工として「中塚蜂三藤原國安」と刻まれている(『水心子正秀とその一門』)。
注A…学問を奨励し、また安房の漁師の地引網漁法と搾粕製法を導入するなど、地場産業を興した名君。
注B…『銀座情報』百四十三号所載。
注C…文化九年二月日紀の國安銘の刀(『銀座情報』百四十五号)は、文化十五年二月日紀の正秀の刀(『銀座情報』百四十五号)と銘形、鑚遣いが酷似し、三秀が独立後も頻繁に師を訪ねて修練していたことを窺わせる。

脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 白鞘

 

脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 切先表脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 中央表脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 区上表





脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 切先裏脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 中央裏脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 差裏ハバキ上

 

脇差 銘 水心子正秀 横須賀臣藤原三秀 寛政元年二月日 ハバキ




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