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三つのお約束

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陸奥會津住道守
   

慶應二寅八月日環 源敬心刀 

 


Katana Sig.

Mutsu Aizu ju MICHIMORI

   

Keio 2 Tora 8 gatsubi Genkei no kokoro ni kaeru



陸奥国 慶応 百五十四年前

刃長 二尺四寸八分半
反り 八分二厘
元幅 一寸九厘
先幅 八分
棟重ね 二分四厘
鎬重ね 二分六厘
彫刻 表裏 棒樋丸止
金着一重ハバキ 白鞘付

金梨子塗鞘糸巻太刀拵入
拵全長 三尺七寸六分
柄長 八寸二分


昭和六十年新潟県登録

保存刀剣鑑定書

価格 220万円(消費税込)
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Mutsu province / Keio 2 (AD1866, The end of Edo period) / 154 years ago

Hacho (Edge length) 75.3p / Sori (Curvature) 2.48
p
Motohaba (Width at Ha-machi) 3.3p
Sakihaba(Width at Ha-machi) 2.42p
Kasane (Thickenss) 0.79p
Engraving: "Bo-hi, maru-dome" on the both sides
Gold foil single Habaki, Shirasaya

Kin nashi-ji nuri saya, Ito-maki tachi koshirae
Whole length: approx. 113.9
cm
Hilt length: approx. 24.8c
m

Hozon certificate by NBTHK

Price 2,200,000JPY


 会津藩は品川台場で防衛最前線に立ち、また、藩主松平容保は京都守護職を務め、元治元年七月に政治主導権奪還を目指す長州藩の軍勢を蛤御門で押し返す等、佐幕派の筆頭として存在感を示した。道守は会津道辰六代に学び、刃味の良さで鳴らした角元興や新撰組副長土方歳三の愛刀を打った和泉守兼定らと切磋琢磨し、会津武士の尚武に応えている。
二尺五寸にほど近い長寸のこの刀は、身幅も広く重ね厚く、反り高く中鋒に造り込まれ、棒樋が深々と掻かれてなお手持ちが重い堂々の姿(注@)。しかも両区深く生ぶ刃が残された健全体躯。小板目に流れごころの肌を交えて詰み澄んだ地鉄は、繊細な地景が入って肌目に活力が漲り、さらに細かな地沸が厚く付いて鉄色が明るい。焼の高い互の目丁子乱の刃文は丁子が複合して重花の態をなし、新雪のような小沸で刃縁ふっくらと明るく、盛んに入った足を遮るように金線、砂流しが断続的に掛かり、特に物打付近は幾重にも躍動し、雲間から切り裂くように稲妻が四方に広がる。帽子は浅く乱れ込み、掃き掛けて小丸に返る。保存状態良好の茎に鑚強く刻された銘字は鮮明で、今なお鑚枕が立つ。先端が刃方へ急に上がった茎形は会津道辰と同形で、この門流であることを証する一方、年紀の下に干支が小さく刻されている辺りは和泉守兼定にも近似し、交流が想起される。高位の武士(注A)の需による作で、出来が優れている。
蔦葉紋金具と五三桐紋鐔で装われた、綺麗な糸巻太刀拵が付され、旧所持者の遺愛の程を窺わせている。

 

注@…重量は九百二十グラム。なお『会津の美』所載の慶應三卯二月日紀の直刃の刀も二尺五寸六分七厘と長寸である。
注A…「環源敬心刀」は「源敬の心に環(還)る」と読まれ、謚号を源敬と言った尾張藩初代の徳川義直(松平容保の遠祖)の心に立ち戻る意味が込められている。環と源の間も半字開いているのも尊敬
の念を示す闕字とみられる。注文主は会津松平家の一門であろう。

刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀金梨子地塗鞘糸巻太刀拵 刀身 刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 白鞘

 

刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 切先表   刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 ハバキ上表刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 差表ハバキ上





刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 切先裏  刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 差裏ハバキ上刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀 差裏ハバキ上

 

 

 

 

 

 

刀 銘 陸奥會津住道守 慶應二寅八月日環 源敬心刀  ハバキ 

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