刃長 一尺四分
反り六厘半
元幅 七分九厘
重ね 一分六厘半
彫刻 表 棒樋丸止め 裏 棒樋掻流し
金着一重ハバキ 白鞘付
金梨子地塗印籠刻鞘小さ刀拵入
拵全長 一尺四寸九分
柄長 三寸四分
平成二十年大阪府登録
特別保存刀剣鑑定書
Hacho (Edge length) 31.5㎝
Curvature approx. 0.2cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 2.39㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.5㎝
Engraving: "Bo-hi" maru-dome on the right face (Omote)
"Bo-hi" kaki-nagashi on the back face (Ura)
Kin nashiji nuri Inro kizami saya,
Chisa-gatana koshirae
Whole length: approx. 45.1cm
Hilt length:approx.10.3cm
家助は、応永盛光や康光に匹敵する実力を誇った次郎左衛門家助に始まる名跡。『日本刀銘鑑』では応永家助の後、正長、永享の二代、文安、宝徳の三代、文明から明応の四代としている。その一方で藤代義雄氏は「応永と永享に家助があるが、これを初二代に区別するのは無理であろう(『日本刀工辞典』)」と述べている。
この平造脇差は文安元年紀の作で、身幅重ね充分で、僅かに反りが付き、棟際に刻された細樋で姿引き締まり、一見して応永備前を想わせる好姿。地鉄は小板目肌の刃寄りに柾を配して詰み、小粒の地沸が厚く付いて潤い、直調の映りが物打付近で乱れごころとなる。刃文は肩落ち風の互の目に尖りごころの刃を交え、粒子の細かな沸が付いて刃縁明るく、刃境に打ちのけ風に湯走り、小形の金線、砂流しが掛かり、匂足射し、刃中は匂で澄む。帽子は乱れ込み、突き上げごころに浅く返り、差裏は蝋燭の芯のような形となって応永備前風。茎も細鑚の銘字は応永家助に近似し、出来もまた同然である。
付帯する金梨子地塗印籠刻鞘小さ刀拵は、鐺にやや丸みのある海老を想わせる形で、柄頭と鐔は銀地に立浪図で渋く黒化して重厚感があり、鞘の金色と相俟って豪華な趣。江戸期の上級武士の嗜みを伝えている(注)。