平成三年神奈川県登録
鎌倉時代後期の備前景光を彷彿とさせる名品。刀身は青江物、山城物、備前物など作域広く、古作の再現を突き詰めた廣木弘邦(注①)刀匠。刀身彫刻は、現代刀身彫刻界の泰斗と謳われ、数々の古名作の彫物を再現してきた苔口仙琇(注②)師である。
この短刀は、バランス良く引き締まった片切刃造に、表は素剣と不動梵字、裏には剣巻龍を孕龍の意匠として、鏨強く彫り深く真の表現で施刻し、生命感を際立たせた作。ゆったりと流れる大板目を交えた小板目鍛えの地鉄は密に詰んで古風な肌合いとなり、全面についた地沸と微細な地景が働き合い、龍神を包み込む気のあり様を示している。刃文は弘邦刀匠の得意とする匂出来の直刃。刃中透明感があり、柔らか味のある小足が盛んに入り、ごくごく浅く弛み込んだ帽子の先には鋭い金線が稲妻の如く走走る。剣を掴む龍の爪、全身を鎧う鱗、カッと見開いた目玉、剣を呑み込まんと大きく開いた口と牙、すべてに動きがあり、剣や刀あるいは短刀が御家の守りとして古くから用いられてきた理由も理解できよう。作者には特別の思い入れがあったものであろう、色合い濃厚で輝きの強い金無垢二重ハバキが装着されている。