金梨子塗の綺麗な印籠刻鞘は、鞘尻辺りの幅を広めてわずかに丸みと浅い反りを設けており、腰の曲がった海老を想わせる造り込み。滑り止めの効果を持たせるべく黒石目地に仕上げた柄は立鼓がとられて先が細く、細い片手巻とされて掌中の収まりは絶妙。柄頭と鐔は銀地高彫仕立ての立浪図とされ、特に鐔は彫口深く立体的で、燻銀のように渋く黒化して重厚な雰囲気を醸し出している。赤銅地金小縁仕立ての縁は紗綾形文を彫り出して品位が高い。篆書体の文字(注)を金布目象嵌で書き施した、小柄と割笄が附されている。腰に指したこの拵を装いの要としたものであろうか。上級武士の豊かな嗜みを今に伝えて貴重である。