駿河国有度郡上川原の庄屋森助右衛門の次男として生まれた大村加卜は、外科を修めて大森治部左衛門尉安秀と名乗り、越後高田藩松平光長の侍医となって信頼を得た(注①)。同家蔵の名物童子切安綱(注②)を直接鑑賞し、その雄大な姿と深遠なる地刃に深く胸を打たれ、自らも作刀している。正保三年二月精鍛の刀には「真十五枚甲伏有不折不巻之徳　欲聞九百年中之物語」と銘(注③)があり、古伯耆安綱の生きた遥か平安時代への深い想いを窺わせている。
　この脇差は、身幅広く重ね厚く、反り高く中鋒に造り込まれ、棒樋が掻かれて姿引き締まり、小太刀を想起させる姿。地鉄は流れごころの板目肌に大きめの杢目を交えて肌起ち、地沸が厚く付いて沸映りの立つ古風な肌合。刃文は湯走りによって焼頭が不定形に乱れた互の目が奔放に変化し、帽子も焼深く沸付き、強く掃き掛けて小丸に浅く返る。強く沸付いて刃縁の沸の光が強い焼刃は太い沸足が入り、金線、砂流し、沸筋が激しく長く掛かり、金線の一部が杢目鍛えに感応して渦巻状に躍動する。茎の保存状態は良好で、「越後幕下士大村加卜慰(注④)作之」「真十五枚甲伏造」と太鑚で堂々と刻されている。
　近江八景図縁頭、月に鹿図鐔が掛けられた、洒落た脇差拵が附帯している。
　加卜は｢予非鍛冶｣と広言して憚らず、これを求める人は多いが現存する遺作は世に極めて尠ない。

注①…天和元年御家騒動で光長は伊予松山へ流罪となり（越後騒動）、加卜は水戸光圀に仕えた。故事を愛する心と豊かな経験は光圀を楽しませたことであろう。加卜の生涯は関山豊正先生

注②…源頼光が大江山の酒呑童子を切ったと伝える天下五剣の一つで、伯耆国安綱作。室町将軍義輝‐秀吉‐家康‐秀忠‐越前松平忠直‐越後高田光長と伝わる。国宝。東京国立博物館所蔵。

注③…著書『剣刀秘宝』で「（童子切安綱の）心地鉄、真の十五枚にして、心に入れる故に、折れもせず曲りもせず、また千年を経ても力衰ふることなく力強し。斯くの如く大なる徳あり」と述べ、心地鉄を人体の要たる筋骨と内臓に譬えて「正直なる人を見るが如し」と絶賛。加卜の古作の探求の精神は水心子正秀が継承している。

注④…慰に心が欠画しているのも深い意味が込められているのであろう。