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右京亮勝光(うきょうのすけかつみつ)は(注①)弟左京進宗光と共に備前、播磨、美作を領する戦国武将赤松政則に仕えた。刀工として抜きん出た才能を有する勝光と宗光は政則の信頼が篤く、文明十五年に備前西部の武将松田元隆が赤松氏の拠点福岡城(注②)を攻めた時には、吉井川上流板屋瀬の東に配されて戦闘にも参加(注③)している。このような身を以て体験した戦国の厳しさを糧に、数多の優品を手掛けたのである。
この槍は高位の武将が馬上にて手挟んだ作であろう、頗る出来の優れた一筋。身幅広く、長くがっちりとした塩首で力強く踏ん張り、鎬筋屹然と立ち、如何なる堅物をも打ち破らんばかりの緊張感と迫力に満ちた姿。裏には守護神であろう不動明王の梵字が刻されて荘厳味がある。鉄色明るい地鉄は柾目主張の板目肌が強く錬れ、地景太く入り、厚く付いた地沸が肌目に沿って美しく流れる。刃文は浅い湾れに互の目を交え、小沸付いて刃縁の光が強く、刃境に湯走り、金線、砂流し、打ちのけ、飛焼が盛んに入り、二重刃、喰い違い刃を交えて奔放華麗な変化を見せ、足、葉が盛んに入った刃中も強く沸付いて抜群に照度が高い。帽子は激しく掃き掛けて小丸に長めに返り、鎬筋上の処々を焼く。茎の保存状態は良好で、入念に刻された銘字には鑚枕が立つ。保存状態、そして出来共に頗る優れ、戦国武将の槍の実情を伝えて貴重である。