獅噛双龍唐草文透図鐔

無銘 南蛮

江戸時代初期
真鍮地変り形肉彫地透
縦さ 74mm 横 71mm 切羽台厚さ 5.7mm

獅噛双龍唐草文透図鐔 無銘 南蛮

獅噛双龍唐草文透図鐔 無銘 南蛮

南蛮文化とは、中国南方の海路を経て我が国に渡来した、ポルトガル、スペイン、オランダなどの西洋人が伝えた宗教や文物のことで、天文年間に種子島に漂着した南蛮船が搭載していた火縄銃や、後に布教活動が盛んになったキリスト教等がその例として遍く知られている。
 大航海時代は、ヨーロッパの西端に位置して地中海貿易の恩恵を受けなかったスペインやポルトガルなどの力が大きく働いた。アフリカ最南端を経てインドに至る海路の開発がその基幹としてあり、一気に世界的な植民地開発と貿易の広がりをみせた冒険の時代であった。
西洋の各国は競って東インド会社を設立し、アフリカ航路を利用した貿易を推進。マルコ・ポーロによって伝えられていた東洋の文物や、そのさらに東に位置する黄金の国の産物は、西洋の商人にとって大きな魅力であり、日本への触手到達は、言わば各国の最終目標であった。
現代でこそ情報は電波にのって寸時に世界を駆け巡るが、当時は地域間の相場の差が巨大な利益を生み出す要因で、難破という危険を冒してもなお海運が維持されたのである。我が国においても西洋の文物は大いに好まれたものの、キリスト教の布教が禁止され、後の江戸時代を通じての鎖国に至るが、わずかに開かれていた長崎出島を通じて様々な文物が輸入されていたのであった。
 南蛮文化の影響を受けた武具としては、戦国時代の高級武将が用いた南蛮胴と呼ばれる具足(徳川家康所用・日光東照宮所蔵)が例に挙げられる。装剣金具としては、刀と剣では構造が異なり、また舶来品であることから、西洋剣の金具を用いた打刀拵の遺例は少ない。その一方で、打刀に装着される西洋剣風鐔の遺例が極めて多いのは、南蛮文化の影響を強く受けたことにより、国内でも類似の鐔が盛んに製作されたためである。今日では西洋剣に装着された舶来の鐔も、国産の模倣鐔も「南蛮鐔」と汎称されている。
 国産の南蛮鐔の主たる製作地は、戦国時代に貿易の中心であった平戸や、江戸時代の唯一の開港地である長崎近辺。平戸には國重がおり、真鍮地に波龍やアルファベットを意匠した鐔、顰(獅噛)風の奇抜な図柄の縁頭などが遺されている。南蛮鐔で最も多いのは、唐草文を立体的に彫り表し、龍神をこれに組み入れた図で、その複雑さと異国情緒から大いに好まれ、長崎や平戸だけでなく長門、山城京都、江戸などでも製作されている。
 さて表題の鐔は、立体的に、しかも複雑に絡んだ唐草文と龍神を四方に組み合わせ、耳際に顰を配し、オランダ東インド会社のVOCの紋章を施した、元来の西洋剣に装着されているような構造の頗る珍しい作。ただし、生ぶの小柄櫃を設け、刀を装着する茎櫃の形態であることから、和製の打刀鐔であることが理解できよう。地金は深みのある色調を呈する真鍮地。西洋剣の鐔と同様にわずかに膨らみのある椀形に仕立て、茎櫃の中央には剣の茎を収めるための四角状の切り込みを設けており、ここにも本歌を想わせる写しの装飾性が窺いとれる。さらに七宝文の中を空洞に仕立てて珠を封じ込め、からからと涼やかな鈴の音を響かせる洒落た造り込みが見どころ。繊細な唐草に包まれた龍神の身体は、細部まで鱗が打ち施されて力が感じられ、耳際の顰も四方を睨んでいかにも武骨。切羽台を装飾しているのは植物であろうが、顰の顎鬚をも想わせ、耳際の顰の横に広がる鬣と共に、優れた意匠構成である。年月を経て真鍮地独特の渋い色合いを呈しており、これも時代の鐔のみが呈する魅力となっている。
 オランダ東インド会社は正式には連合東インド会社といい、一六〇二年に世界で初めて設立された株式会社であったが、商業活動だけでなく、国王より特別な許可を得て国家間の条約締結権を持ち、植民地の開発をも行う総合商社を越えた存在であった。先行していたポルトガルやスペイン、イギリスなどとは貿易戦争ともいい得る競争が続いたが、我が国がキリスト教を禁止して鎖国政策を採ったことにより、西洋との関係が大きく変化していった。その状況下で貿易権を勝ち取ったオランダは、商館を平戸から長崎の出島に移され、以降安定した取引を続けたのである。
この鐔は、西洋の意匠を採り入れた新たな感覚を表わしていると同時に、オランダ東インド会社との交易を明示する貴重な資料。南蛮と称される類品の中でも最も製作時代の上がるもので、江戸時代初期は下らないと鑑せられる。  

VOCの文字が刻されている。

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