刀 銘 水府住勝村徳勝作之
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阿片戦争で清国が英国に敗れた衝撃的事件により、諸藩は軍制改革に着手し、尊王攘夷の総本山水戸藩では烈公斉昭の指導で城下白旗山に武器製造所を建設した。ここで中心的な役割を果たした勝村徳勝は、関山徳宗門で修業後、藩命で江戸の細川正義、固山宗次、石堂是一らに学び、後に養子とした門人正勝と共に槌を振るった。徳勝の「御刀手控帳」には「荒様請合」と注記も見え、鹿角や堅木での厳しい試刀にも耐える絶対の自信を窺わせている。 注@…関山豊正『水戸の刀匠』。関山氏は「万延元年三月の桜田事変以後の註文は、実戦的配慮から堅固なるものが要求された事と思われ、それらを証する文字が見られる」と注記している。 |
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