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脇差 銘 大慶直胤(花押)
天保十四年八月日



Wakizashi
Taikei NAOTANE (Kao)
Tenpo 14 nen 8 gatsubi



出羽国‐武蔵国 天保十四年 六十五歳作 百七十六年前
Dewa - Musashi province, Tenpo14 (AD1843, late Edo period), 176 years ago

刃長 一尺六寸二分 Edge length; 41.9cm
反り 三分六厘 Sori (Curvature); approx. 1.09cm
元幅 一寸一厘 Moto-haba(Width at Ha-machi); approx. 3.06cm
先幅 八分 Saki-haba(Width at Kissaki); approx. 2.42cm
棟重ね 一分七厘
鎬重ね 二分 Kasane (Thickness); approx. 0.61cm
金着一重ハバキ 白鞘付
Gold foil single Habaki / Shirasaya

腰一分刻黒石目地塗鞘脇差拵入Koshi ichibu kizami kuro ishime-ji nuri saya, wakizashi koshirae
拵全長 二尺四寸九分 Whole length: approx. 75.5cm
柄長 六寸 Hilt length: approx. 18.2cm

昭和四十三年埼玉県登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

価格 2,400,000円(消費税込)

 直胤は安永八年出羽国山形城下の鍛冶町に生まれ、名を庄司箕兵衛という。江戸の水心子正秀に学んで天賦の才能が開花し、備前と相州両伝に名品を遺した。西暦一八四〇(天保十一)年に隣国で起きた阿片戦争により国防への関心が急速に高まり、天保十二年五月には江戸徳丸ヶ原(注@)で高島秋帆の西洋炮術実演が開催されている。この直後、高島に入門したのが伊豆韮山の代官江川太郎左衛門英龍であった。直胤は江川の作刀の師であり、両者の交流は親密で、直胤が江川の洋式大炮鋳造と反射炉計画に深く関与していたことが近年明らかにされている(注A)。
この脇差は、身幅広く鎬筋が張り、適度に反って中鋒延びごころの張りのある姿。小板目鍛えの地鉄は柾気を交えて詰み澄み、細かな地景が入って肌目緻密に起ち、地沸が均一に付き、刃際が僅かに澄み、鎬筋沿いに密集した細かな地沸の粒子が光を反射して刃文の影のように輝く直胤独特の映りが現れている。浅い湾れに互の目を交えた刃文は、刃縁に銀砂のような沸が厚く付き、刃境に湯走り掛かり、二重刃、喰い違い刃となり、沸足が太く射し、刃中の処々に島刃が現れ、昂然と輝く沸の粒子を切り裂くように金筋が躍動して覇気横溢。帽子は焼深く強く沸付いて金筋鋭く掛かり、乱れ込んで小丸に浅く返り、処々棟を焼く。直胤の本領が発揮された相州伝の傑作である。
腰元に藍鮫皮を巻き締めて一分に刻み、以下を黒石目地塗に仕上げた鞘に獅子図目貫と小柄笄を備え、鯨巻風の柄とした洒落た脇差拵が附されている。

注@…現板橋区の高島平から徳丸にかけての一帯。

注A…小島つとむ「伊豆韮山代官・江川太郎左衛門英龍と大慶直胤」(『刀剣美術』七〇八・七〇九号)参照。

脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日    脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日腰一分刻黒石目地塗鞘脇差拵 刀身 脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 白鞘

 

 

脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 切先表     脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 刀身表中央脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 刀身ハバキ上表


 

脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 刀身差裏切先    脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 刀身差裏中央脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 刀身ハバキ上差裏

 









脇差 銘 大慶直胤(花押) 天保十四年八月日 ハバキ  

 

直胤押形
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