ご注文はこちら
三つのお約束

一覧へ

脇差 銘 備州長舩勝光
明應七年二月日
(大業物)



Wakizashi
Bishu Osafune KATSUMITSU
Meio 7 nen 2 gatsubi
(O Wazamono)



備前国 明応七年 五百二十一年前 六十四歳
Bizen province, Meio 7 (AD1498, late Muromachi period), 521 years ago

刃長 一尺七寸一分九厘 Edge length; 52.6cm
反り 三分五厘 Sori (Curvature); approx. 1.06cm
元幅 九分九厘 Moto-haba(Width at Ha-machi); approx. 3cm
先幅 六分九厘 Saki-haba(Width at Kissaki); approx. 2.09cm
棟重ね 一分八厘
鎬重ね 二分三厘 Kasane (Thickness); approx. 0.7cm
金着二重ハバキ 白鞘入
Gold foil double Habaki / Shirasaya

昭和三十年神奈川県登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

価格 1,900,000円(消費税込)

 右京亮勝光(うきょうのすけかつみつ)は六郎左衛門尉祐光の長男。弟左京進(さきょうじょう)宗光と共に、備前、播磨、美作の守護大名赤松政則に仕え、文明十五年の備前福岡城(注@)の攻防では吉井川上流に布陣して松田元隆(注A)軍と対峙し、将軍足利義尚の近江六角討ちでは一族を率いて近江に赴き、将軍御前で鍛刀した(注B)。最前線の武将と生死を共にしながら名品を手掛けた、戦国期刀史屈指の名工である。
この脇差は、身幅広く鎬地の肉が削ぎ落され、鎬筋強く張って中鋒の精悍な姿で、武将が太刀に差し添え、素早く抜き放って用いた打刀(注C)。地鉄は板目に杢、流れごころの肌を交え、地景太く入って肌模様が明瞭に起ち現れ、小粒の地沸が厚く付いて焼刃の影のような乱映りが立ち、鉄冴える。刃文は腰開きごころの互の目に小互の目、小丁子、房状の刃、尖りごころの刃、蛙子形に丸みのある刃、二つ連れた互の目を交えて多彩に変化し、粒子の細かな沸が柔らかく降り積もって刃縁明るく、刃境から刃中に金線、砂流しが幾重にも掛かり、刃中は匂で冷たく澄み、匂足、葉が盛んに射して焼刃の硬度は絶妙に調整され、刃味と靭性を兼ね備えた、まさに戦国期らしい出来。帽子は焼深く沸付き、華麗に乱れ込んで浅く返る。茎の保存状態は良好で、掌に収まって片手打に適し、「長」の第六画が釣針状に強く跳ね上がった備州銘が丹念に刻されており、入念作なるは明白。備前刀工の最高峰の一人右京亮勝光の実力が遺憾なく示された、出来優れた脇差である。

注@…吉井川の川筋を要害とした難攻不落の赤松氏の城。(『長船町史通史編』)。
注A…西備前の松田元隆が赤松氏より自立を図って挙兵。後に自立した浦上氏は東備前の有力武将。
注B…翌年「天下泰平國土安穏 冨貴萬福皆令満足」との彫のある刀を精鍛。これは山岡鉄舟遺愛と伝える(『長舩町史刀剣編図録』)。
注C…現代の法律では脇差に分類されるが、製作された当時は打刀として用いられた。

 

脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日    脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 白鞘

 

 

脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 切先表     脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 刀身表中央脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 刀身ハバキ上表


 

脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日  刀身差裏切先    脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 刀身差裏中央脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 刀身ハバキ上差裏

 

脇差 銘 備州長舩勝光 明應七年二月日 ハバキ  

 

勝光押形
Ginza Choshuya All Rights Reserved


銀座長州屋ウェブサイトトップページ