芦に飛鳥図鐔
銘 光忠
紙面に滴らせた墨が生命を得たかのように広がってゆき、新たな景色を生み出す破墨は、窯変の現れた焼物の、指先に伝わりくる微妙な肌合いのように、視覚をも刺激する要素に他ならない。その美観を鐔に求めたのが埋忠明壽の同族など近い関係にあった桃山時代の金工として理解されている光忠である。
光忠については謎が多い。明壽に似た作風であり、さらに古調な風合いから明壽を先行する金工であったと考えられている。光忠が題に得たのは、文様風の扇面地紙散し図や桜花散し図が有名。本作はたわわに実る葡萄を表に、裏には芦原に潜む小動物と、翼を大きく広げた鷲を描いている。いずれも我が国の風土が生み出す豊穣なる大地の様子と、そこから見出された自然美を意味する古典的な題材である。
素材の真鍮地が示す表情も魅力である。飾り気のない泥障形に仕立て、金家や明壽のように捻返耳として変化を付け、鎚の痕跡を残して微妙な抑揚のある地面に仕上げており、その造り込みはひょうげものの評価のある織部焼の風合いに似るも、それに比して一際古風。さらに興味深いのは、明壽にもある地面に偏在する鑢目のような地文様で、真鍮地独特の腐らかしによって生じた、焼物の窯変や貫入に擬えられる自然な景色の一つ。これにより描かれている画面に古寂な風合いを生み出す結果となっており、古典的な金銀の布目象嵌による消え入りそうな草木は古画の筆跡の如し。古正阿弥の作風を取り入れて新たな表現に取り組み、独創世界を切り拓き、後の金工に強い影響を与えたと考えられる桃山期光忠の貴重な在銘作品である。