昭和二十七年鹿児島県登録
特別保存刀剣鑑定書
伯耆守正幸(ほうきのかみまさよし)は伊地知次右衛門と称し、享保十八年に代々が鍛冶の家に生まれた。祖父以来の伝統的な波平伝の鍛法に沸を強調した焼入れの技法を加味して進化させ、大磨上無銘の態で島津家に伝わる相州正宗の再現に成功して世の称讃を浴びている。五十年間にも垂とするその作刀生涯を通じ、彼の作は常に身幅広く鋒が延び、反りが充分に付いて量感のある、まさに薩摩隼人の嗜好に適う覇気横溢を身上とし、泰平の世に消沈を余儀なくされていた他国の鍛冶達までをも啓蒙し、所謂新々刀の先駆けの役割を果したのであった。
この刀は、正幸の作刀中でも殊に幅広で反り高く、延びごころの鋒とされた量感漲る一口。小板目に杢目、板目、流れ柾を交えた地鉄は地底の地景によって古風に肌起ち、表面に溢れ出た地沸が肌目に沿って流れ掛かり、随所に荒めの沸が凝って輝く。刃文は互の目を間遠い湾れで繋いだ沸出来の複雑な乱刃で、帽子は浅く湾れ込んで先掃き掛けて返り、ごく淡く棟焼を施して防御の要としている。小沸の深々とした焼刃は明るく冴え、焼頭が相州伝にみられる角刃の態を成して鋭く地中に射し込み、乱れの谷には黒く澄んだ金筋が沸筋を伴って這い、匂を敷いて霞立つ刃中に沸足が太く射す。姿形に相応した重厚な出来映えを呈しており、薩摩相州伝の極致を見るが如きの感がある。