脇差
銘 丹波守吉道
慶長五年三月吉日
(良業物)

Wakizashi
Tanba no kami YOSHIMICHI
Keicho 5 nen 3 gatsu kichijitsu
(Yoki Wazamono)


山城国 慶長 四百二十年前

刃長 一尺三分六厘
反り 一分六厘
元幅 九分九厘
棟重ね 二分二厘

彫刻 表裏 薙刀樋・添樋掻通し
金着二重ハバキ 白鞘入

平成二十二年岐阜県登録
特別保存刀剣鑑定書

価格 百三十万円(消費税込)

Yamashiro province
Keicho 5 (AD1600, early Edo period) / 420 years ago

Hacho (Edge length) 31.4㎝
Sori (Curvature) approx. 0.48㎝
Motohaba (Width at Ha-machi) approx. 3㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.67㎝
Engraving: "Naginata-hi, Soe-hi, Kaki-toshi" on the both sides

Gold foil double Habaki / Shirasaya

Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK
Price 1,300,000JPY

 丹波守吉道初代は江戸初期、京都西洞院竹屋町通下ルに住して禁裏の御用を勤めた刀工。「丹」の字の銘形が帆掛け舟の帆に見えるところから帆掛丹波の異名があり、沸付いた刃縁に幾重にも層を成す独特の刃文で名手の誉が高い。兄は徳川家康の需により、大坂冬の陣のために千振の刀を百日で仕上げて日本鍛冶惣匠の称を許された伊賀守金道である。石田三成は吉道の薙刀を秋田の佐竹義宣に贈って加勢を依頼したと伝え(注①)る。吉道は、まさに太閤没後の政局を睨んで諸大名が拮抗した慶長から元和(注②)の頃、再び戦国の世に突き進まんとする武士団の動きに沿うように鎚を振るっている。
 この脇差は、慶長五年三月、関ケ原前夜に精鍛された一口。幅広で腰元に樋が掻かれ、鎬地の肉が削ぎ落されて屹立した鎬筋が棟に抜ける冠落造。地鉄は板目に流れごころの肌を交え、地沸厚く付いて湯走り掛かり、鉄色明るく冴える。短い焼出しから始まる浅い湾れに互の目を交えた刃文は、刃縁に銀砂のような沸が厚く付いて光を強く反射し、金線、砂流し、湯走りが掛かって刃境に層を成し、刃中には太い足が入り、物打付近は飛焼風に湯走りが掛かって皆焼ごころとなる。帽子は焼深く浅く弛んで突き上げて小丸に返る三品帽子。相州秋廣、廣光を念頭に鍛刀した作であろうか、奔放で大胆な刃文構成となっている。右下がり気味に刻された細鑚の銘字は吉道の特色が顕著で、「丹」の銘字が帆掛形の前駆を成す形状。いずれの武将の腰間にあったものであろうか、戦国の面影を濃く残す作品である。


注①…『秋田の蔵刀』。
注②…初代吉道は元和五年没(小島つとむ「初代丹波守吉道の没年と初二代の銘の変遷についての一考察」(『刀剣美術』六一〇号六一一号)参照)。


脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 白鞘

脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 差表切先脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 差表ハバキ上

脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 差裏切先脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 差裏ハバキ上

脇差 銘 丹波守吉道 慶長五年三月吉日 ハバキ

吉道押形