桃形兜は火縄銃への備えを主目的とする南蛮具足の影響を受けて室町時代後期に発展した新機軸の変わり兜である。類似の烏帽子形兜に比べて天頂が低く、より実戦的に機能的な工夫がなされている。桃の実の意匠についても特別な意味合いがあり、伊弉諾、伊弉冉の神話にもあるように桃の実が持つ霊力を兜の意匠に採り入れたもの。光沢のある古調な黒漆の輝きは流麗な曲線の美しさを際立たせる。鉢の中央には左右の接合部が頑強に打ち立てられ、やや長めの吹き返しには、丸に三星紋が据えられている(注)。前立には柘植の一木を彫り出した見事な顰が眼光鋭く正面を見据えている。破邪の風格を感じさせる上々の作域と保存状態の良さを併せ持つ作となっている。
注…三星紋は一説に「わたつみ」と呼ばれる海洋の民が好んで用いた家紋と伝え、三星はそれぞれ日輪、月輪、北極星の三星を表す。あるいは妙見信仰を象徴するものとも云われている。