平造脇差
銘 次郎直勝

天保六年仲春於東都和泉橋作之

Hira-zukuri Wakizashi
Jiro NAOKATSU
Tenpo 6 nen chushun Toto Izumibashi ni oite kore wo tsukuru



武蔵国 天保 三十一歳作 百八十四年前
Musashi province / worked in Tenpo 6th (AD1835, late Edo period, 31 years old) / 184 years ago

刃長 一尺二寸八分強 Edge length; 51.8cm
反り 二分三厘 Sori (Curvature) approx.0.4cm
元幅 一寸二厘 Moto-haba(Width at Ha-machi); approx. 3.09cm
重ね 二分三厘 Kasane (Thickness); approx. 0.7cm
金着二重ハバキ 白鞘入
Gold foil double Habaki / Shirasaya

昭和五十三年東京都登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

価格 1,000,000 円(消費税込)

 文政二年に十五歳で江戸の荘司大慶直胤に入門(注@)した直勝は、後に娘婿となって荘司次郎太郎直勝と名乗り、師直胤と同じく上野国館林藩秋元家に仕えている。直勝も技量が頗る優れ、備前長光、兼光に倣った刀や、板目肌に沸深い乱刃出来相州伝の刀(注A)を遺しているように備前、相州両伝を能くし、師の直胤や細川正義に比肩する名手として江戸後期の刀界に強い光彩を放っている(注B)。
この平造脇差は、身幅広く両区深く重ね厚く、浅く反りが付き、ふくらやや枯れた、南北朝期の婆娑羅の気風を再現した大平造。地鉄は小板目肌が無類に錬れて詰み、細かな地景が蠢いて緻密に肌目起ち弾力味を感じさせ、これに地沸が湧き立って潤い感に満ちた肌合いとなる。刃文は浅い湾れに互の目を交えて奔放に変化し、輝く沸が厚く付いて刃縁茫洋とし、正宗や貞宗の作に見る雪の叢消えの様相を呈し、刃境に長い金筋、砂流し幾重にも掛かり、刃中は強く沸付いて照度抜群に高く、覇気横溢。焼深く残した帽子は掃き掛けて小丸に長めに返り、棟を焼く。茎の保存状態は完璧で錆浅く白く輝き、化粧鑢の施された筋違鑢も鮮やかに、正宗や貞宗の遺作を模した縦長独特の目釘穴が穿たれ、鑚強く鮮明に刻された次郎直勝銘と差裏の「於東都和泉橋(注C)」の住居銘も貴重。相州上工、就中、秋廣、廣光を想わせる仕上がりで、名工の世評を証する同作脇差中の傑作である。

注@…文化二年上総国山辺郡台方村花輪(東金市)の生まれで本名伊藤正勝。少年期、占師に「金物を取扱う業につけば、将来の成功間違いなし」と言われたという(『東金市史』)。
注A…直胤と親交のあった鯨井氏の為打ちの号叢雨の刀は「地鐵板目松皮肌の如く、沸出来、刃文大乱錵最も深く、砂流し多く金筋交る、傑出せる出来栄え」と評されている(藤代義雄『新々刀集』所載)。
注B…「直胤に優るの評がある」(藤代義雄『日本刀工辞典』)。
注C…「東都下谷絵図」(尾張屋版切絵図)では、神田佐久間町に「和泉橋」があり、その近くに「荘司弥門(直勝の子)」とあって直勝一家の住所は明らか。「和泉橋」は地名の雅称であろう。因みに御徒町通沿いに「庄司ミノ平(直胤)」があり、これもやはり和泉橋付近で、広く言う下谷である。

平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之 白鞘

平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之 切先表脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 刀身ハバキ上表


平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之 刀身差裏切先平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之 刀身ハバキ上差裏

 

  平造脇差 銘 次郎直勝 天保六年仲春於東都和泉橋作之 ハバキ

 

直勝押形
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