脇差
銘 尾崎源五右衛門助隆

寛政三年二月日

Wakizashi
Ozaki Gengoemon SUKETAKA
Kansei 3 nen 2 gatsubi



摂津国 寛政三年 三十九歳 二百二十八年前
Settsu province / worked in Kansei 3th (AD1791, late Edo period, 39 years old) / 228 years ago

刃長 一尺七寸一分 Edge length; 51.8cm
反り 二分三厘 Sori (Curvature) approx.0.7cm
元幅 一寸一分二厘 Moto-haba(Width at Ha-machi); approx. 3.39cm
先幅 九分四厘 Saki-haba (Width at Kissaki); approx. 2.85cm
棟重ね 二分三厘 Kasane (Thickness); approx. 0.7cm
棟重ね 二分一厘
金着二重ハバキ 白鞘入
Gold foil double Habaki / Shirasaya

昭和三十四年三重県登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

価格 1,200,000 円(消費税込)

 尾崎源五右衛門助隆(すけたか)は宝暦三年(注@)播磨国の生まれ。大坂の黒田鷹ェ門で鍛冶を学び、業成って寛政十年に長門守を受領している。修業中の安永八年二十七歳の時(注A)に出版された鎌田魚妙の『新刀辨疑』において津田助廣が「希有の上手」と絶賛され、その巻四に助廣の濤瀾乱の刀絵図が載せられ、「旭瀾(あさひなみ)と号し濤瀾龜文(みだれ)之模範と為す」とあったことから、これを天啓に助隆は濤瀾乱を終生の目標に掲げたのであった。
この脇差は、元先の身幅が極めて広く重ね厚く、反りを控えて中鋒延びごころの剛毅な姿。狭めの鎬地を細かな柾に、広い平地を詰み澄んだ小板目に錬り鍛えた地鉄は、細かな地景が蠢いて緻密に肌起ち、地沸が微塵に付いて鉄色は晴れやか。短い焼き出しから始まる濤瀾風大互の目乱の刃文は、互の目が二つ三つと連れて起伏がつき、焼頭に小丁子が複合されて波頭が高く起つ大海原を想わせ、所々に配された玉状の飛焼も波飛沫。焼刃は、純白の小沸が深く厚く付いて匂口明るく冴え、刃中に沸足が溶け込むように入り、充満した微細な沸の粒子が昂然と輝き、生気凛々として刃文構成の狙いが大自然にあることは明確。帽子は焼深く浅く乱れ込み、僅かに掃き掛けて小丸に返る。茎は保存状態優れ、化粧鑢の付けられた筋違鑢が丁寧に掛けられ、助廣に倣った独特の草書体風の銘字が鑚強く鮮やかに刻され、裏年紀も助廣と同じく表銘より一字上から切り始められている。不惑を目前にした助隆の心血が注がれた優脇差である。

注@…『古今鍛冶備考巻四』に「文化乙丑の年五十三歳」とある。水心子正秀とは三歳違いでほぼ同世代。
注A…助隆の幼年期から青年期、平賀源内がエレキテルや石綿等の新技術を探求し、本居宣長が『古事記』を研究するなど、偉大な学術成果が遺された。

脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 白鞘

脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 切先表脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 刀身中央表脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 刀身ハバキ上表


脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 刀身差裏切先脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 中央裏脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 刀身ハバキ上差裏

 

  脇差 銘 尾崎源五右衛門助隆 寛政三年二月日 ハバキ

 

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