脇差
銘 於東京泰龍斎宗寛造之
明治二年八月日


Wakizashi
Tokyo ni oite Tairyusai SOKAN kore wo tsukuru
Meiji 2 nen 8 gatsubi



武蔵国 明治二年 百五十年前
Tokyo capital, Meiji 2, AD1870,150 years ago

刃長 一尺七寸八分三厘 Edge length; 54cm
反り 三分六厘 Sori (Curvature): approx. 1.09cm
元幅 一寸 Moto-haba(Width at Ha-machi); approx. 3.03cm
先幅 七分三厘 Saki-haba (Width at Kissaki); approx. 2.21cm
棟重ね 二分一厘半
鎬重ね 二分五厘 Kasane (Thickness); approx. 0.76cm
彫刻 表裏 棒樋丸止 Engraving: "Bo-hi, Maru-dome" on the both sides
金着一重ハバキ 白鞘付
Gold foil single Habaki / Shirasaya

茶石目地塗鞘脇差拵入 Cha Ishime-ji nuri saya, wakizashi koshirae
拵全長 二尺四寸八分 Whole length: approx. 74.15cm
柄長 五寸六分 Hilt length: approx. 16.97cm

昭和四十七年東京都登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

価格 1,100,000 円(消費税込)

 泰龍斎宗寛は文政二年奥州白河の生まれ。刃味優れて江戸で活躍していた同郷の先達固山宗次に入門し、若くして才能を開花させ、天保七年に十八歳で古河藩の抱工となる。殊に地鉄鍛えに精妙さを示し、微塵に詰んだ小板目鍛えに映りの起つ備前伝小互の目丁子は美観に優れ、師の技術を伝承して截断能力においても高い評価を得た(注)。
 寸法長く鋒延びごころ、適度な反り格好に仕立てられたこの脇差は、鎬が高く樋が掻かれているも重量のある頑強な構造。これに加え、大切に伝えられたのであろう健体を保ち、わずかに生ぶ刃が残されている。微塵に詰んだ小板目鍛えの地鉄は均質に詰んで細かな地沸で覆われ、細かな地景が全面に生じて鋼と思えぬしっとりとした質感。刃文は常にみられる小豆を並べたような構成とは異なり、足が長く射す小互の目丁子が高低抑揚のある拳形に焼かれ、帽子も乱れ込んで先小丸に返り、長めに焼き下がる。匂の所々にキラ星のような沸を交えた焼刃は匂口締まって明るく冴え冴えとし、透明感のある刃中は一点の澱もなく冷たく澄む。化粧鑢の施された勝手下がりの鑢に、独特の銘字が刻されている。
 付されている拵は、茶石目地塗の鞘に鉄地の鐺金具を備えとし、真鍮象嵌の鐔を掛け、茶の皺皮で金無垢地一疋獅子図目貫を巻き締めた、肥後造の洒落た作となっている。

注…「太々裁断切手山田吉年」の截断銘のある文久二年の刀(銀座情報三八三号)、「雁金截断山田徳蔵左吉、太々截断山田源蔵吉豊」の截断銘のある文久二年の刀などがある。

脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 白鞘茶石目地塗鞘脇差拵 刀身 脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日

脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 切先表脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 刀身中央表脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 ハバキ上表


脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 切先裏脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 中央裏脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 刀身区上差裏

  脇差 銘 於東京泰龍斎宗寛造之 明治二年八月日 ハバキ

 

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