巻其ノ参・渡辺綱

《第一場・渡辺綱、一条戻橋にて鬼と死闘す》

その武士の名は渡辺綱。酒呑童子を退治した源頼光と常に行動を共にし、坂田金時、平貞道、平季武らと共に頼光四天王に数えられる勇者である。右手には頼光から授かった宝刀髭切の太刀、左手には今まさに断ち切ったばかりの鬼の腕が握られている。不敵な面構えの目線の先には鬼の姿が。己が手を奪った武士を忌々しそうに睨みつけながら、逆巻く雲に乗って愛宕山へ飛び去った。
  この夜、綱は頼光の使者として一条大宮に馬で赴く途上であった。一条堀川の戻橋(注)に来ると美しい女性が心許無げに立っている。聞けば、知り人を訪ねて五条の渡し付近まで参る途上であるという。綱は女性を馬に乗せ、送り届けることにした。ところがしばらく行くと、女性は突如、恐るべき鬼に変化し、綱の髻をむんずと掴み、飛翔せんとした。しかし、さすがは歴戦の武士綱、とっさに髭切の名刀を抜き放つや、見事一撃で鬼の腕を斬り落として一難を逃れ、恐るべき戦利品を持ち帰った。

注 : 綱と鬼の出会いと格闘の場面は能などでは羅生門であるとされている。そんな伝承を受けてこの場面を描いた画題を「羅生門」としている。『日本架空伝承人物事典』(平凡社)参照。


 

 

鐔 銘 小沢美章造 羅生門図
朧銀磨地竪丸形高彫色絵


巻其ノ参・渡辺綱

《第二場・奪われた腕を取り戻しに、母に化けて鬼来る。一条戻橋の怪異の後日譚》

 深夜、武家の門を叩く老女。固く閉ざされた門の内側の五人の武士たちが薙刀を手に臨戦態勢をとっており、門外の気配に神経を高ぶらせている。奥には注連縄を張り巡らせた中に、この家の主で、源頼光の家人で、あの酒呑童子を倒した渡辺綱が、太刀の鞘口に手を当て、いつでも抜き放てるように備えている。
しかしこの老女、ただものではない。杖をもった左手は見えない。それもそのはず、二の腕から先がないのである。老女の正体は鬼。綱が一条戻橋に差しかかると、家まで送ってたもれと美女が頼んだ。これを馬に乗せたところ、たちまち鬼に変化。綱に襲い掛かった。すんでのところで綱は太刀を抜き放ち、鬼の左腕を切り落とした。
場面は渡辺綱邸に鬼が腕を取り戻しに来たところである。鬼の姿では怪しまれる故、綱の伯母の姿を借りている。伯母ではあるが、実は乳母として綱に乳を含ませて綱を育てた人で、実の母同然である。『屋代本平家物語』剣巻(注)にある綱と鬼のやり取りは次のようなものであった。

老母(鬼)「綱よ、遠路お前を訪ねてきた母じゃ。お前の顔を見たいから、門を開けておくれ」
綱「私とて、お会いしたいのですが、母上、実は私、陰陽師の阿部清明殿の勧めで、七日の忌に服しております。それゆえ、母上を館に入れることはできないのです」
普段ならここで引き下がるのだが、さすがに鬼も必死である。綱の弱みを突いてきた。わざわざ訪ねて来た母の私を、館には入れないというのでは、もはや育てた甲斐がない、親でもなければ子でもない、と泣いたのである。
親不孝者と言われては、さすがの綱も開門しないわけにはいかなかった。その上、母は鬼の腕を見たいという。
「今はだめです。七日後ならばお見せできます」
腕は清明が封じ込めている最中であった。しかし「私はもう歳だから、今度はないかもしれない。今見たい」と懇願した。
「親不孝」の文字が再び綱の脳裏に浮かび、ついに腕を見せてしまった。
この瞬間を待っていた、とばかりに老母は鬼の姿に変化し、「腕を返してもらうぞ」と飛び去ってしまった。
よく知られた武勇伝を描いた小柄。建物の門戸、屋根には施された厚手の金が赤銅地に美しく映え、警戒する武士の息遣いと、鬼の執念が交錯する闇夜を感じさせて見事である。

注:『日本架空伝承人物事典』(平凡社)







小柄 無銘 老母来訪図(渡辺綱ノ母)
赤銅魚子地高彫色絵