巻其ノ壱・大森彦七 《大森彦七と八取川の怨霊譚》 楠木正成を自刃に追い詰めた足利方の武将。その功で伊予国に所領を与えられる。そんなある日金蓮寺で猿楽が催される折に彦七も舞を一指し舞うことになり、寺へと赴いた。 その途中、矢取川に差し掛かった時、一人の女人が川岸に佇んでいた。聞くと「川の流れが急なために渡るのを難渋している」という。ならば、と彦七は背中に女人を背負って川を渡った。川の途中まで差し掛かった時、急に背中が重くなるのを感じた彦七は満月の光を受け冴え冴えと光る水面越しに映った女人の姿を覗き見た。― 満月の水面に映ったのは、たおやかな女人ではなく、耳まで口が裂けた世にも恐ろしい形相の鬼女であった。鬼女は彦七の髷を取り天空へ舞い上がろうとするが、そこは豪胆で知られる彦七、逆に鬼女の腕を取り応戦する。もみ合う彦七と鬼女―。やがて鬼女は己が楠木正成の怨霊であることを告げると、天空へ去っていく―。
巻其ノ壱・大森彦七
《大森彦七と八取川の怨霊譚》 楠木正成を自刃に追い詰めた足利方の武将。その功で伊予国に所領を与えられる。そんなある日金蓮寺で猿楽が催される折に彦七も舞を一指し舞うことになり、寺へと赴いた。 その途中、矢取川に差し掛かった時、一人の女人が川岸に佇んでいた。聞くと「川の流れが急なために渡るのを難渋している」という。ならば、と彦七は背中に女人を背負って川を渡った。川の途中まで差し掛かった時、急に背中が重くなるのを感じた彦七は満月の光を受け冴え冴えと光る水面越しに映った女人の姿を覗き見た。― 満月の水面に映ったのは、たおやかな女人ではなく、耳まで口が裂けた世にも恐ろしい形相の鬼女であった。鬼女は彦七の髷を取り天空へ舞い上がろうとするが、そこは豪胆で知られる彦七、逆に鬼女の腕を取り応戦する。もみ合う彦七と鬼女―。やがて鬼女は己が楠木正成の怨霊であることを告げると、天空へ去っていく―。
コラム 鬼女の装束について
能や歌舞伎に出てくる鬼女や蛇(の化身)の装束には鱗文(うろこもん)が用いられる場合が多い。 鱗文は三角形を連続的に並べたパターンで、これは蛇の鱗を表していると言われている。刀装具をはじめとする美術工芸品にもそのセオリーが踏襲されており、ここに挙げた作品のいくつかにも鱗文の着物を纏った鬼女(怨霊)が見られる。 ちなみに北条氏の家紋の三つ鱗文は、初代執権北条時政が江の島の弁財天に子孫繁栄の祈願をした折に、美女に変化した大蛇が神託を告げ、三つの鱗を残したことに由来する。