一来法師図小柄
(『平家物語』より)
無銘
Kozuka: no sign
"Ichirai hoshi" (from Heike monogatari)

 

一来法師図小柄 無銘一来法師図小柄 無銘

赤銅魚子地高彫色絵 裏板金色絵
長さ 96.5mm 幅 14.4mm
落し込桐箱入
価格 5万5千円(消費税込)

made of Shakudo, iroe
96.5mm at length / 14.4mm at width
come in a Special Kiri Box
Price 55,000JPY

橋の上に立つ武者。大きな体を鎧で包み、両足を踏ん張り、薙刀を手挟み、何とも手強い印象。その足元を見ると、橋板ははがされてしまっている。 敵の通行を阻止するためである。武者は足場の不安定さを物ともせず、すっくと立っており、平静に見える。 その頭上には片手を着き、飛び越える武士の姿。こちらは兜こそ被ってはいないものの、やはり鎧に身を固め、薙刀を手挟んだまま軽々と飛び越えている。 人並み外れた武芸。実は、彼らは三井寺の僧兵。浄妙明秀と、その頭上を飛び越える一來法師の雄姿が描かれている。

専制政治を展開する平家を打倒せんと、源三位頼政と共に挙兵した以仁王は、平家の討手を避けるべく都を脱出し、琵琶湖に程近い三井寺に入った。 三井寺では僉議が開かれ、以仁王を支援して平家に対して挙兵するべきか、また挙兵したとして、平家にどのような攻撃を仕掛けるべきか、議論がなされた。

「夜討ちしかあるまい。一気に攻めて、平家の六波羅邸に火をかけよう」
という意見が出た。

これに対し、一如房真海阿闍梨は
「こんなことをいうと、平家の味方と思われだろうが、あえて申し上げよう」
と切り出した。
彼らは平家の祈祷を勤めていたのである。

「武士の争いにかまけて朝廷の守りをおろそかにするのは如何なものか。我々は、歴史ある三井寺の名誉を惜しまねばならん」

真海は続けてこう言った。

「そもそも小勢で平家を攻め落とすは甚だ困難。さすれば、我らは熟考して策を練り、日を選び、満を持して行動せねばなるまい」

ここで乗円房慶秀阿闍梨という老僧がその重い口を開いた。

「我ら三井寺はその昔、天武天皇にお仕えした。天皇は苦難の末、小勢を以て大友皇子を倒したのだ。『窮鳥懐に入れば』の言葉もある。各々方がどうあれ、この慶秀は以仁王をお支えし、今宵六波羅に押し寄せる所存だ」
優柔不断な真海の意見を一掃した。

大勢は決し、源頼政を大将軍とする搦め手と、頼政の嫡子伊豆守仲綱を大将とする大手と二手に分かれて僧兵たちは平家の六波羅邸を目指して発した。
しかし、すでに夜は明けかかっていた。僉議でもめている間に、時を逸してしまったのだ。
そこで、急遽作戦を変更し、奈良を目指していったん退くこととなり、一行は宇治の平等院に入った。
しかし、六波羅邸には三井寺と以仁王の一件は通報されており、清盛の弟の知盛、重衡、忠度らや、侍大将の上総守忠清や上総五郎兵衛忠光、悪七兵衛景清らに率いられた数万の軍勢が京都南郊の宇治橋に到達した。
三井寺の僧兵たちは橋板をはがし、平家の軍馬の通行を阻害するなど必死の抵抗を試みた。
その中の一人が冒頭に紹介した明秀。彼は黒皮威の鎧に五枚錣の兜を被り、黒漆鞘の太刀を帯び、強弓と大長刀を持って橋の上に立って

「三井寺にその人ありと知られた一人当千の強者が私だ。どこからでもかかってこい」
と名乗りをあげ、太刀を抜き放ち、「蜘蛛手・角縄・十文字・蜻蛉返り・水車」等、秘術を駆使し、四方八方の敵を切り伏せた。
明秀は身分的には僧なのだが、鎧兜と太刀などの装いは完全に武士である。

この明秀の後ろで戦っていたのが一來法師。橋の前に進んで、敵と切り結ぼうにも明秀が立っていて、どうにもならなかった。 そこで彼は身の軽さに物を言わせて、飛びあがり、「悪いな」といいながら、明秀の頭上に手をついて、まるで体操選手の跳馬のように飛び越えたのであった。 そして華々しい討死を遂げた。

僧兵たちとの火が出るような橋合戦に、平家の侍大将上総守忠清は、大将軍知盛らにこう進言した。

「橋の上で手を焼きている場合ではありません。河を渡るべきですけれど、ご覧のように宇治川は五月雨を集めて水流が多く、危険です。遠回りして淀方面に向かいましょう」

これを耳にした平家方の武将足利忠綱は
「遠回りなど言語道断。そんなことをしたら、敵に時間を与えてしまい、大軍勢となってしまう。 この宇治川は確かに急流だが、しかし坂東にも利根川という大河がある。それを渡ることを思えば、やってできないことではない」

そういって真っ先に川中に駒を進め、三百騎の士気を鼓舞して渡り切ってみせた。 足利忠綱の行動はあっぱれであるが、彼らに奥の手ともいうべき行動をとらせた僧兵たちの本職の顔負けの武士振りもまた見事というべきであろう。 果たしてあの僉議が長引かなければ、六波羅邸に夜討ちを仕掛けていたら、果たして歴史はどうなっていたことか。そんなことをも思わせる、興味深い一品となっている。

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